Thomas Demenga

NIPPONの住宅事情にはつらいチェロですが、その楽器がもつ音の深みというものに私は惹かれます。中でも、スイス生まれのチェロ奏者であり作曲家でもあるトーマス・デメンガさん(Thomas Demenga)は私のフェイバリットです。ミュンヘンのジャズレーベルECMを中心に、毎回意欲的な作品をリリースしています。同レーベルの主宰者、マンフレッド・アイヒャーさん(Manfred Eicher)との相性もばっちりなようで、あるときはリーダーとして、あるときはサイドマンとして刺激的なアルバムを発表しています。活動の幅はジャズに限らず、実験性に富んだ現代音楽や新しい解釈によるクラシック(バッハが主体です)までその領域を広げています。
中国の女性詩人である張卿さん(Tschin Zhang)の中国語による朗読が重奏されたハインツ・レーバーさん(Heinz Reber)との共作アルバム「MNAOMAI, MNOMAI」は特におすすめです。その詩は、1989年の中国民主化運動の終焉となった天安門事件をもとに書かれたものといわれていますが、政治的なメッセージというよりはむしろ音楽を形成する響きのエッセンスのひとつのように思えます。中国語独特の鋭い歯擦音と一定の抑揚された響きによって、聴き手に対して心理的に大きな意味をもたらしているといえるかもしれません。この手の作品にありがちな、いかにも、というわざとらしさは全く無く、作品の中でちゃんとした「居場所」を確保しています。
こんな調子なので、デメンガさんのつむぎだす音は、メロディというよりは音の連なりに近い複雑精緻なサウンド、いわば「音のブリコラージュ」といった風体です。難解かもしれません。でも、しっかり「ゲージュツ」してます。ムツカシイけれど、やっぱりおすすめです。
ちなみに、タイトルの「MNAOMAI」とは新約聖書にも出てくる言葉で、発音は mnah’-om-ahee「ムナオマイ」。ギリシア語で、追憶すること、心に思いを抱きつづけること、忘れずにいること、を指す名詞です。現代フランスの哲学者ジャン=フランソワ・リオタールさん(Jean-François Lyotard)の著書『リビドー経済(Economie Libidinale)』から引用してタイトルにしているそうです。
音楽でありながら、哲学的な側面が見え隠れするアルバム、文字通り異彩を放つ作品といえるでしょう。
(参考:『忘れずにいること、思い巡らし、記憶を保ちつづけるために』堀内宏公)


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