Yan Tomita

「…でもそのかっこ悪さってちょっと視点をずらしてみるとかっこ良かったりするんだよね。その時に、自分の視点の外し方とか、裏側から見る感覚とかばっちり鍛えたね。だからさー、人の音楽を許すこともできるわけ。全然自分の興味のない音でも、僕がただ興味がないというだけの話で、僕以外に興味を持っている人たちはいるわけで、他者批判して内部充実みたいなことをしなくなったね。そこで初めて自分の中の可能性に気付いたんだよ。もう一回若返れたんだ。」
(GAZETTE4編『モンド・ミュージック』アスペクト、16ページ、ヤン冨田氏インタビューより)

ヤン冨田氏、恐るべし。

Shuzo Takiguchi

今夜は瀧口修造を読まなければいけないと思った。その必然性がどこからやってきたのか定かではないが、この偉大な超現実主義の詩人の言葉に自らをさらすことが必要だと思われたのである。
先日、実家に帰省した際に購入した『瀧口修造の詩的実験 1927-1937』が傍らにあったので、その中から詩を数編読んだ。夜もだいぶふけてきたとき、こんな詩が目に留まった。

ランプの中の噴水、噴水の中の仔牛、仔牛の中の噴水、噴水の中のランプ

私は寝床の中で奇妙な昆虫の軌跡を追っていた
そして瞼の近くで深い記憶の淵に落ち込んだ
忘れ難い顔のような
眞珠母の地獄の中へ
私は手をかざしさえすればいい
小鳥は歌い出しさえすればいい
地下には澄んだ水が流れている

卵形の車輪は
遠い森の紫の小筐に眠っていた
夢は小石の中に隠れた

この詩の標題は『睡魔』である。瀧口さんの「夢の記述」の試みのひとつとみていいだろうか。純粋なポエジイがキラキラしている。

Gil e Jorge

友人に紹介されて聞きはじめた「カエターノ・ヴェローゾ」。
『ユリイカ』のバックナンバーで本人の特集号が発刊されていることを見つけ、早速取り寄せる。
このことをきっかけに、にわかにブラジル音楽に対する熱が高まってきている。
思い起こせば、ECMレーベルの音源をさかんに蒐集していたころ、ナナ・ヴァスコンセロス、エグベルト・ジスモンチなどを通じてブラジルの音には接していたし、なかんずくジョアン・ジルベルトやアントニオ・カルロス・ジョビン、バーデン・パウエルなどボサノヴァ最強軍団は当然ながら耳にしていた。
しかし、どうして「カエターノ・ヴェローゾ」には辿り着かなかったのだろう。
ポピュラー音楽にくくられるから?
失った時間を取り戻そうと、必死になって彼の音楽を聴いている(必死になって聴く音楽ではないのだけれど)。
先の『ユリイカ』に掲載されているディスコグラフィーを参考にしながら、とりわけ名盤と呼ばれているアルバムから少しずつ集め始めている。
同じ『ユリイカ』の中で、中原仁さんのインタビューにこたえて、ジルベルト・ジルのことを「ぼくの先生のようだ」と評している言葉が目にとまった。ならば、今度はジルベルト・ジルを聴くしかない。
私が最初に手にしたアルバムは『Gil e Jorge(ジルベルト・ジルとジョルジ・ベン)』。最初にこのアルバムに出会えたことは幸運だった。
タイトルが示す通り、二人の共演盤である。両者のボーカルとギターを互いに交差させながら淡々と進行してゆく。そこにはブラジルという土着性とコスモロジー的な浮遊感に満ちあふれた空間が見事に演出されている。
しかしそれは計算されたものではなく、ふたつの稀有な才能の邂逅そのものである。聴く者に緊張感を強いることなく、豊かなミニマリズムが実現されている。

Italo Calvino

戦後のイタリアを代表する作家、イタロ・カルヴィーノは私のお気に入りの作家のひとりである。
かつて私にとってマイナーな存在であった「イタリア文学」を身近なものにしてくれたのもまさに彼なのである。
いま読み進めているのは『パロマー』という作品。
パロマーは小説の中の主人公・語り手の名前でもある。
パロマー氏は「自分の大事な行動は事物を外から眺めることかもしれない」といつしか考えるようになった。
生活の中心をすべて「外から眺める」ことにすえた、徹頭徹尾、観察者として事物をとらえる一風変わった人物である。一体どうやって生計を立てているのか。
謎である。そんなパロマー氏の観察の対象はごくありふれた風景である。
浜辺であったり、家の中庭であったり、動物園であったり。章が進むにつれて、パロマー氏の思考は哲学的な深度を増してゆく。
それらは不毛な作業のように思われるが、様々な情報が忙しく目の前を通り過ぎてゆくだけの現代の状況に対するアンチテーゼのようでもある。
訳者である和田忠彦さんが解説でこう結んでいる。

『白紙(タブラ・ラサ)』のまま、目を凝らすこと、それがパロマー氏、そしてカルヴィーノが択んだ「世界を読む」方法なのだ。

Caetano Veloso

エッセイストで翻訳家の岡本太郎さんがこんなことを書いていた。
『ブラジル・ポルトガル語はあまくてやわらかい。
そしてちょっとねばっこい。キャラメルみたいだ。
もしかするとキャラメル・フレイバーのコーヒーかもしれない。(中略)おまけにしなやかだ。
アフリカの草原に棲む大型や中型のネコたちのようによくしなる。』
(ユリイカ 2003年2月号)

カエターノ・ヴェローゾの歌声を聴いていると、まさにこの表現があてはまる。
おかげで、ひとつの日課ができた。
夜、眠る前に彼の声をしっとりと聴くのである。
風呂上がりに部屋の電気をすべて消す。
小さなボリュームでカエターノのポルトガル語に耳を傾ける。
アルコールも煙草もいらない。
ただ床にゴロンと寝て、わずかばかりの睡眠薬とともにゆらりゆらりと眠りに落ちる。
「あまくてやわらかい」眠りに落ちる。

Mousier Hulot

以前勤めていた会社の上司であるIさんの自邸にお邪魔した。
私が新入社員としてIさんの所属する課に配属されて以来、懇切丁寧に接してくれた心良い上司である。
そんなIさんとは同じ企業人でありながらも、仕事とは離れたところでもどこか同じ嗅覚をもった存在であると感じていたけれど、今回10数年ぶりに再会して、そのことを再認識した。
ふたりの間に通底する感覚。

要約すればこんな感じだろうか。
「男が年をとってゆく上で二つの生き方のうち、どちらかを選ばなくてはいけない。
ひとつは一般的、父親としての生き方。
社会性を保ちながら権威的オヤジとしての象徴だ。
そしてもうひとつが、伯父的生き方。独身者(バチェラー)として生きるそのメンタリティーは、ある種の趣味性に支えられる。
ある種の美意識。ある種の甘えと言ってもいいが、彼等はそのこだわりを増幅させながら、例え、結婚して子を持ったとしても書斎の隅で、あくまでも伯父であり続けようとするのだ。
女性から見てその様は目も当てられない。
「いい年して、そんなグダラナイこと止めなさいヨ」に決まっているのだ。
けれど、彼等からその伯父的部分を奪ってしまったら、すべてのバランスは崩れ、死んでしまう…」
(GAZETTE4『mondo music」アスペクト)

おなじ「伯父的生き方」を選びながらも、Iさんのメンタリティーにはとてもかなわない。
ジャック・タチの映画『ぼくの伯父さん』にたとえれば、Iさんはユロ伯父さんであり、私などは年端もいかない少年ジェラールといったところか。
Iさん、また遊びに行きます。

Hopeful / Hopeless

「歴史には目的がない。
もちろん、人生にも目的なんかありません。
それを作り出してゆくのが、日々の営みだといえるでしょう。
価値観は経験のあとでつけ加えられるものです。
生きたいように生きるのがいいのであって、それをことさらに「虫けらのごとく」などと卑下するのも無用だと思います。
ぼく自身についていえば、ぼくはいつでも病気に取りつかれています。
それは「人類が最後にかかる希望という名の病気」です。」

「キャロル・リード監督の映画『第三の男』の中で、主人公が昇降機から地上を見おろし、「どうだい、人間がアリのように小さく見えるだろう?」というシーンがありました。
「あの中の、君の知らないひとりの人間が死んだら、君に200ドルやるといえば、喜んでもらうかい?」と。
ぼくらは自分の気づかぬところで、他人の犠牲の上に立って生きているのだということもできます。
ひとりの人間が生きるためには万物のどの部分かを殺さなければならぬ、というのが自然の哲理だからです。
だが、あらゆる思想は、その実現のためには人間のエゴイズムを利用しなければならぬ – ということもぼくは知っています。
人間が人間を「救済」できるというのは幻想なのです。
だれかを救うために、ほかのだれかを滅ぼす。
それが、生の営みというものです。
くよくよせずに、自分の「方法」を持つこと。それがいちばん自分に合っている – とぼくは思っています」

寺山修司『寺山修司から高校生へ – 時速100キロの人生相談』

心に残ったので、この二節を書き留めておく。

Loser

ある人から『プロ論。』という本をいただいた。本の扉を開けるまでもなく、「きっといろんな人の成功哲学が披瀝されているんだろうな」と察しがついていたけれども、開けてみてその通りだったのでひとり苦笑してしまった。
心に病をかかえる私にとってこの手の啓蒙書は苦痛以外のなにものでもない。
それでもせっかくいただいた本。予防線を張りながら読んでみることにした。
目次に目を通したところ、ふたつの章が目にとまった。
ひとつは「会社を辞めるべきか迷ったとき」。
もうひとつは「働くことがイヤになったとき」。
ここから読み始めよう。
しかし、残念ながら心に閃光が届くがごとく鋭い洞察はなかなか見当たらない。
あらゆるジャンルからその第一線で活躍する人の成功哲学が書かれているが、大雑把に各論を括れば、「思いっきり楽しめ!死ぬ気で頑張れ!」ということらしい。
そんなこと、今の自分には絶対無理!と思いながら、それでもなんとか読み進んでいくと、あるひとりの哲学者のインタビューに辿り着いた。

「私が不健全だと思うのは、マイナーな部分をすべて消し、表面的にはポジティブな価値観に従っている社会です。
(中略)社会や人生はそもそも理不尽なんです。
不平等で、不公平で、偶然が評価や成功を左右する。
ところがそうした理不尽を押し隠し、画一的に「努力すれば報われる」とか「大企業に入れば沈没しない」とか、そういう幻想をつくりだそうとしていた。
実はみんな、言わないだけで知っているんです。
それが幻想であることを。
能力があるのに評価されなかったり、企業のために才能を殺した人が数多くいた事実を。
私はそうした理不尽を認め、さらにうらんだり、ねたんだりする人間らしさも、きちんと受け入れるべきだと思っています。」

「失敗経験は、人生の免疫となるのです。
失敗したときは、ごまかしたり、なぐさめたりせず、徹底的に失敗を味わい尽くしてください。
どう悪かったのか、何が問題だったのか徹底して自問する。
そんなふうに悶々と苦しみ続ければ、自分の弱点が分かります。
いかにどうしようもない人間かが分かります。
その弱点に気付いたら、今度はそれを伸ばすことです。
弱点は裏を返せばあなたの最大の長所なんです。
過酷かもしれませんが、自らを見つめることが才能を伸ばす一番のヒントなのです。」

中島義道

巷でいう一流企業を辞めて、(失敗して)今の状況に甘んじている私自身のための備忘録として、中島さんの言葉を上記に書き留めておく。

Bangkok

バンコクの中心部を東西に走るスクンビット通りと南北に走るエカマイ通りとがちょうど交わる場所に面白いカフェを見つけた。
コンデンスミルクをカップの底に沈めたタイ式コーヒーを注文したところ、一緒にジャスミンティー茶が差し出されたのだ。
日本の慣習からすると考えにくい取り合わせに戸惑いつつ、怪訝な顔つきでテーブルについた。
席はほぼ満席の状態だった。試験が近いのか、制服を着た学生さんたちがその他のテーブルを占領して、勉強にいそしんでいる。
こういった賑わいは、このカフェが地元の若者に受け入れられていることを何も言わずに教えてくれる。
果たして、異国の地のその取り合わせは上手い具合にお互いの風味を引き立てていた。
差し出された二杯のカップのおかげで一見の客にもかかわらずそのカフェに長居することができた。
悠々閑々とガイドブックを頼りに次の行き先を探しながら、とあるタイ式マッサージのお店が目に留まった。
そこは目の不自由な人たちの経済的・社会的自立を目的に設立されたお店であるらしい。
あらためて地図で場所を調べてみると、そこはエカマイ通りを挟んで、私のいるカフェの向かい側ではないか。
飲みかけのジャスミンティーをそのままに、私はそそくさとカフェを後にした。

ものの本によれば、タイ式マッサージとは次のようなことになる。
「人間の体には「セン」と呼ばれる気の流れのようなものがあり、これが滞ると健康が損なわれる。
そのためにマッサージで「セン」を刺激することによって、体の働きを正常に戻そうというのがタイ式マッサージの根本思想だ。」
いわゆる健常者によるタイ式マッサージをこれまで経験してきたが、盲人のそれはあきらかにいままでと異なっていた。健常者は視覚と触覚というふたつのセンサーによって「セン」を探し出すのだが、一方で、盲人には触覚というたったひとつのセンサーしか与えられていない。健常者のマッサージ師はときとして(無意識のうちに)触覚よりも視覚を優先させて「セン」を探し当てようとしているのかもしれない。
そのときにちょっとしたズレが生じることがある。つまり「セン」を見誤ってしまっているのだ。
しかし、盲人が「セン」を外すことはなかった。あらかじめ五感が準備されていることを当然のことのように過ごしてきた私にとってこのことは衝撃だった。
盲人の手は繭のように柔らかく、私の数十倍もの神経細胞を指先に集中させていた。
これまで世界の歴史は視覚による情報としてつづられてきたと言っても過言ではないほど、「目に写った出来事」が描写されて続けてきた。
しかし、バンコクの盲人から、それとは全く異質の価値観をつきつけられた思いがした。

Shigesato Itoi

ずいぶんと前のことになるが、『ほぼ日刊イトイ新聞』にこんなコメントが寄せられていた。

やるべきことをやり、言うべき主張は言い、ひとつの会社で仕事をした後に、「こういうところは、もう変わらないだろう」という結論が出てしまったら、どうするべきか、という話は、優秀な人であろうということがわかるだけに、いろんなことを考えさせられました。似た境遇にいる方も、いそうですよね。
「働く」ということはいろんな事情が絡まるだろうから、気に食わないからすぐにやめるわけにもいかない人がほとんどでしょうし、やめた後になって、むしろ、余計にたいへんなことになったという人だって、多いだろうし……
現実に、社会や会社で主導権を握っている人からしてみれば「弱音」に見えるような、大勢の人が真剣に悩んでいることは、他にも、ごろごろ転がっているのでしょうね。

ドキリとした。私は無名であり、決して優秀な人間ではないけれど、「こういうところは、もう変わらない」という現実にいま直面しているし、さらに「やめた後になって、むしろ、余計にたいへんなことになったという人」である。自分の夢を追いかけたつもりが裏目に出て、とても苦しい状況に陥っている。