Yozo Hamaguchi

「ぶどう」と「さくらんぼ」を生涯描き続けた版画家、浜口陽三さん。

先日ご紹介した山田太一さんのインタビューの中で、「多くの人が前向きのよき断念こそが必要ではないでしょうか。」という言葉が印象に残りますが、それを一流の作家さんとして実践したひとりこそ、浜口陽三さんなのではないでしょうか。

「ぶどう」と「さくらんぼ」。

FREITAG

隔月誌『d long life design』、リサイクル・バッグの原点、FREITAG特集!

「ロングライフデザイン」を主軸に毎回ユニークな視点で編纂される同誌にFREITAGが取り上げられることは、ファンのひとりとしてとても嬉しいことです。

FREITAGの創設者、フライターグ兄弟を招き、100人のお客さまとのトークセッション。

行きたかったーっ。

Q.
フライターグ兄弟にとっての「ロングライフデザイン」とは。

A,
自分がいなくなった後の世の中においても社会に貢献し続け、長生きできるようなプロダクトデザインやデザインプロダクト。
自分の存在を超えて、時代や周囲の環境にも十分適応するデザイン、もしくはそのような配慮が行き届いて生み出されたプロダクト。

マーカス・フライターグ

A.
時代を超えて世の中に受け入れられるようなポテンシャルをデザインまたはその形作られたプロダクトの中に見いだすことのできるもの。
同時に素材だけではなく、プロダクトが生み出される背景や過程が一定基準を超えたクオリティの高いもの。

ダニエル・フライターグ

Olaf Otto Becker

休日に写真集をいろいろと見て廻りました。

気のせいかもしれませんが、「白い風景」の写真集が目につきました。

鈴木理策さんの『熊野、雪、桜』。
鈴木さんの故郷である熊野を題材にした作品集です。純白の雪景色の中に木々がわずかにのぞいています。
まるで自分が雪山の小径を歩いているような錯覚。
手前の大きくぼけた花のすき間にくっきりと桜の遠景が見える、独特のディテールと没入感に、鈴木さん独自の視点が垣間見えます。

もうひとつは、石川直樹さんの『POLAR(ポーラー)』。
2006年に三木淳賞、さがみはら写真新人奨励賞を同時受賞し写真家としての活動が注目される彼が、10年にわたって断続的に旅してきた北極圏。
圧倒的な氷の山脈、最果ての港に営まれる生活、小さな村での動物との暮らし、進む温暖化の現実…。
一般的に抱かれる北極の真っ白な世界のイメージを覆す、ありのままの北極の風景。
そこに住む人々の日々の営みが美しくとらえられています。

そんな中で、私のイチオシは、オラフ・オットー・ベッカーさん(Olaf Otto Becker)の『BROKEN LINE』(Hatje Cantz刊)。
カメラとともに、GPSを携えて、いざ、グリーンランドの地へ。
氷のフィヨルド、破壊された幾何学。
先の日本人写真家の「白」が「軟」とすれば、ベッカーさんのそれは「硬」。
写真の質感そのものが硬質であるだけでなく、氷の大地のなかに、いかに地球の原初というものがかたくなに残されているか、GPSの精緻なデータとともに魂の奥底に冷たく響いてきます。

Nils Dardel

D&DEPARTMENT(ケンメイさんの主宰するデザインプロジェクトの一環です)発。
このフォトフレーム、いいです。

とても気に入ってます。

小学校の机(懐かしいですね)のリサイクル。

いろんな生徒さんがこの机で勉強したんでしょう。

ところどころにキズがあったり、ひびが入っていたり。

でも、それがいいんです。

手にしたときから愛着が湧いてきます。

とてもいい買い物をさせていただきました。

ありがとう、D&DEPARTMENTさん。

今回、フォトフレームに収めさせていただいたのは、タブロイド誌ほどの大きさの雑誌『ACNE PAPER』からの切り抜き。
後期印象派のスウェーデン人画家、ニルス・ダーデルさん(Nils Dardel)のセルフポートレイトです。
時代を経ても、決して失われることのない両者の瑞々しさに、ココロも潤います。

Constantin Brancusi

今から遡ること25年。
20世紀の抽象彫刻に決定的な影響を与えたコンスタンティン・ブランクーシさん(Constantin Brancusi)の生前のアトリエ風景をまとめた写真集です。
没後25周年のアニバーサリー・イヤーである1982年にフランス・ポンピドゥーセンターから出版された書籍です。

有機的・抽象的彫刻作品を制作したブランクーシさんのアトリエ風景。
濃淡の美しいグラビア印刷で刷られた、ブランクーシさんの作品の持つ静謐(せいひつ)な雰囲気を捉えた構成が見事です。
ご本人さんのポートレートだけでなく、フェルナン・レジェさん(Fernand Leger)の姿も写っていたり、作品の制作過程が収められていたり、とても100年前の出来事とは思えないほど、精緻でダイナミックな空気がビシビシと伝わってきます。

アトリエ風景といえば、先日ご紹介したマン・レイさん(Man Ray)の写真集もなかなかですが、実は、このふたり、お互いを認め合う親友同士だったんですね。
彫刻家であるブランクーシさんが写真に熱中したり、写真家であるマン・レイさんが彫刻にのめり込んだり、異なる領域をクロスオーバーする当時のアーティストさんの相関図は非常に興味深い逸話です。

昨日ご紹介したリュシアン・エルヴェさん(Lucien Herve)もそうですが、パリのレジスタンス以降のモダニズムの現場、キュビズムから離陸し、太い輪郭線と単純なフォルム、明快な色彩から構成された作家さんの潮流にいま熱い視線を送っています。

Platanus

昨秋の週末、渋谷公園通り。

ぶらり散歩してきました。

いまは青々としたプラタナスの街路樹は心地よい木陰をつくってくれていますが、秋の訪れとともに、つぎの春を待つ長い冬がくるんだろうなぁ…。
ふとそんなことを考えて、中でも大きな葉を一枚拝借して、「フロッタージュ」を楽しんでみました。

プラタナスって、イソップ童話にも登場しているんですね。

『旅人とプラタナス』。

夏の真昼に、かんかんてる日ざしで、すっかりつかれた二人の旅人が、一本のプラタナスを見つけてそのかげに逃げこみました。

しげった葉の下のすずしいところに、よこになってやすみながら、旅人たちはプラタナスの枝をゆびさして、
「プラタナスってやつは、実もならないし、人間の役にはちっともたたない木だな」
と、いいました。

すると、プラタナスの木はおこって、
「この恩知らずめ。いまこのとおり、わたしのおかげで助かっているくせに、役に立たないだの実がならないだのと、バカにして」

このプラタナスと同じように、人間でもまわりの人に親切にしてあげているのに、ありがたいと思ってもらえない人がいます。

おしまい

P.S.
プラタナスの気持ちがよくわかります。

Matthias Hoch

建築を被写体にする写真家、マティアス・ホッヒさん(Matthias Hoch)

このひとの撮る写真は、ほんとうに美しい。

ため息。

それしかでない。

Giorgio Morandi

もしも、生まれかわれるとしたら画家になりたい。
そして、もしも幸運にも自分のアトリエも持てるとしたならば、こんなアトリエが欲しい。

そう思わせる一冊。タイトル、『Atelier Morandi』。

イタリアのボローニャ出身の画家、ジョルジオ・モランディさん(Giorgio Morandi)のアトリエの風景を同じくイタリアの写真家ルイジ・ギリさん(Luigi Ghirri)が撮影したものです。
モランディさんという画家は、「瓶と椀」をモチーフにした静物画をひらすらを描き続けた、ある意味「偏執狂的な」作家さんです。
アートという名を借りたコマーシャリズム、あるいは時流とのシンクロ・時代性といったものから一定の距離を置き、独自の姿勢をつらぬいたひとりの画家の(命をかけた)ライフスタイルが映し出されています。
サイレントで、ミニマルでありながらも、使い込まれた画材は、たとえそれが静物画であっても、そこにに生命が宿る孤独な画家の奥義を垣間みるようです。

ひそかなロングセラー、『Atelier Morandi』。
ソフトカバー、カラー図版、イタリア語・フランス語。Palomar Editore刊。

Paolo Canevari

アーティスト:Paolo Canevari, Italy
タイトル:LANDSCAPE
出版社:ONESTAR PRESS, France

タイヤの痕跡、ただそれだけが収められた写真集。
ブループリントのような粗い画像、123点。
トラックが過ぎ去った後に唯一残された「記憶」の集積。

どんな旅にもサヨナラが訪れるように、このトラックの痕跡を繰り返し眺めていると、なんだか、もの悲しい気持ちになってきます。
『ランドスケープ』というタイトルが持つ、言葉のスケール感。
一方で、SADで、DEPRESSEDな気分にさせる数々の写真。
「悲しみ」という感情と、「優しさ」というメンタリティは互いに同じ住処(すみか)にあることを静かに教えてくれる好作品です。

限定250部。

Starbucks

今はもうなくなってしまったスタバの絶品メニュー。

「アメリカントラディショナルドッグ」です。

香ばしいスモークの香りとパリッとした食感の中にジューシーな味わいが広がる、ボリュームたっぷりのあら挽きソーセージをはさんだホットドッグ。
ザワークラウトの柔らかな酸味とフライドオニオンのコクをアクセントに、粒マスタードソースのピリッとした風味をプラスしたホットドッグです。
(www.starbucks.co.jp)

広告に偽りなし。文字通り、ホンモノのホットドッグです(感動)。

20代の若かりし頃、MLB観戦によく行ったものです。当時は、野茂さんも日本球界で豪腕ぶりを発揮していた頃です。1シーズンで70本のホームランを放ったマーク・マグワイヤさんも本拠地アスレチックスでこれからを期待される線の細いスマートなメジャーリーガーでした(ステロイド疑惑にはあえて触れずにおきます)。

ボールパークには、ほぼ毎週通いました。キャンドルスティック・パークは地元、ときにはシャトルに乗り込んでドジャー・スタジアム、レンタカーでベイブリッジを渡ってオークランドへ、といった具合に。
ホットドッグとコーラが「定食」でした。旨いんですよ、これが。

カリフォルニアの空に、ホットドッグという組み合わせは、いかにも「日本から見たアメリカ」、ステレオタイプ的なイメージを連想させますが、ボールパークでその味を知った瞬間、「前言撤回」です。

そんなボールパークを想い起させるにはあまりあるほどのホットドッグを日本で食べることができる!
スターバックスさんの DEFENSIVE GEM(ファインプレーは和製英語、のようです)をスタンディング・オベーションで迎え入れたくなります。

野球狂としても知られる現代詩人、平出隆さんの名著『白球礼賛』。
帯に付されたコピー、「それは打撃音とともに旅をもたらす魔法の杖 平出隆が無限のフィールドに残す言葉のシュプール」を拝借すれば、ボールパークで食すホットドッグもまさに「魔法」です。

ホットドッグ礼賛。