Rolf Kuhn

ヨーロビアン・ジャズの金字塔、ロルフ・キューンさん(Rolf Kuhn)がクラリネットでコルトレーンさん(John Coltrane)に挑んだ’64年の名盤『SOLARIUS』がついにCD化されました。

とにかくカッコイイ!

弟ヨアヒム・キューンさん(Joachim Kuhn)を従え、メンバー全員が熱くプレイする一曲一曲すべてが快演です。

松浦俊夫さん(U.F.O.)がラジオでオンエアしたM-1(Minor Impressions)をはじめ、独特の詩情をたたえたモーダル・チューンM-3(Sie gleicht whol einem Resenstock)、M-5(Lady Orsina)は必聴!

あの名著『ハードバップ&モード』にも掲載され、全国ジャズ喫茶必需品でもある一枚です。

強力PUSH!

Constantin Brancusi

今から遡ること25年。
20世紀の抽象彫刻に決定的な影響を与えたコンスタンティン・ブランクーシさん(Constantin Brancusi)の生前のアトリエ風景をまとめた写真集です。
没後25周年のアニバーサリー・イヤーである1982年にフランス・ポンピドゥーセンターから出版された書籍です。

有機的・抽象的彫刻作品を制作したブランクーシさんのアトリエ風景。
濃淡の美しいグラビア印刷で刷られた、ブランクーシさんの作品の持つ静謐(せいひつ)な雰囲気を捉えた構成が見事です。
ご本人さんのポートレートだけでなく、フェルナン・レジェさん(Fernand Leger)の姿も写っていたり、作品の制作過程が収められていたり、とても100年前の出来事とは思えないほど、精緻でダイナミックな空気がビシビシと伝わってきます。

アトリエ風景といえば、先日ご紹介したマン・レイさん(Man Ray)の写真集もなかなかですが、実は、このふたり、お互いを認め合う親友同士だったんですね。
彫刻家であるブランクーシさんが写真に熱中したり、写真家であるマン・レイさんが彫刻にのめり込んだり、異なる領域をクロスオーバーする当時のアーティストさんの相関図は非常に興味深い逸話です。

昨日ご紹介したリュシアン・エルヴェさん(Lucien Herve)もそうですが、パリのレジスタンス以降のモダニズムの現場、キュビズムから離陸し、太い輪郭線と単純なフォルム、明快な色彩から構成された作家さんの潮流にいま熱い視線を送っています。

Ella Fitzgerald

俗に、「創造性」のビリー・ホリデイさん(Billie Holiday)、「完璧」のエラ・フィッツジェラルドさん(Ella Fitzgerald)と、なにかと比較される女性ヴォーカルのふたりですが、観客を魅了するという点においては比較することそのものが無意味なほど頂点を極めたふたりであります。

amazon.co.jpで検索すると、ほとんどお目にかかれないランク外のアルバム。
ついつい影に隠れがちな存在ですが、『clap hands, here comes charlie』は、まさに一生モノと呼ぶにふさわしい、価値ある作品であると思います。

エラ・フィッツジェラルドさん絶頂期の61年録音のアルバム。

この時期は、声質、節回しが最高で、実力のあるヴォーカリストはここまですごいのかと思ってしまいます。

M-1の「チュニジアの夜」、ドビュッシーのM-3「夢」、M-4「ステラ」、M-5「ラウンド・ミッドナイト」など、すべてが、名演・名曲。

Oshen

名前も不思議な、とてもユニークなアーティスト、Oshenさんの2nd。

アーシーというかアフリカン(?)なフォーク。

でも、パリとアフリカは決して遠くない、音楽的因果関係にあります。

木管楽器も積極的に使われ、発見の多いアルバムです。

ヴァンサン・セガルさんの風変わりなチェロプレイも聴きどころ。

乾いたこころに、湿度のある韓流の世界が水を注いだように、フレンチ・フォークの涙が、エレクトロニカや音響系で乾いた音楽ファンの身に染みる、そんなアルバムです。

日本人に親しみやすい湿度のあるメロディとハーモニー。

慎ましやかなシャンソンをベースにしつつも、フォーク・カントリーやジャズ、ラテン、音響系を貪欲にオルグするフレンチ・フォークは、いま、もっとも面白いシーンかな(?)。

Duke Pearson

このアルバム(1968年9月11日録音)、「できすぎ」です。

ジャケットのアートワークしかり、参加メンバーの構成しかり、もちろん、収録された楽曲も。

本作のリーダーは、デューク・ピアソンさん(p, Duke Pearson)。ピアソンさんのキャリアのなかでも後期の作品にあたる本アルバム『the phantom』は、個人名義のアルバムとしての金字塔であるだけでなく、ジャズ史のなかでも異彩を放っています。

ピアソンさんを指して、「ブルーノートの理性」と勝手に命名しているのですが、フルートやヴァイブ、コンガなどをフィーチャーした異色の編成にもかかわらず、奇をてらうことなく、知性と野生を両立させる腕前はさすがの一言。

なかでも、10分超の大作、タイトル曲の『the phantom』の太くて真っ黒な音にはシビれます。
中低音の効いたベースのリフを聴いていると、「気がつけば、彼岸の彼方」なんていう気分にさせられます。

計算されたいやらしさもなく、余裕しゃくしゃくで、それぞれのメンバーの情熱とエキゾチックな感性を引き出し、ほどよくブレンドさせる力量には敬服します。

ちなみに、初リリースから約35年の時を経て、再発された際のラーナーノーツのなかでも、「このアルバムは、どこを切っても、パーフェクトだ」と評されています(Scott Morrowさん)。

脳ミソがお疲れ気味の方。
『the phantom』は、ピアソンさんでしか配合できない濃度や有効成分を含んだ、効き目の高い処方剤です。

Platanus

昨秋の週末、渋谷公園通り。

ぶらり散歩してきました。

いまは青々としたプラタナスの街路樹は心地よい木陰をつくってくれていますが、秋の訪れとともに、つぎの春を待つ長い冬がくるんだろうなぁ…。
ふとそんなことを考えて、中でも大きな葉を一枚拝借して、「フロッタージュ」を楽しんでみました。

プラタナスって、イソップ童話にも登場しているんですね。

『旅人とプラタナス』。

夏の真昼に、かんかんてる日ざしで、すっかりつかれた二人の旅人が、一本のプラタナスを見つけてそのかげに逃げこみました。

しげった葉の下のすずしいところに、よこになってやすみながら、旅人たちはプラタナスの枝をゆびさして、
「プラタナスってやつは、実もならないし、人間の役にはちっともたたない木だな」
と、いいました。

すると、プラタナスの木はおこって、
「この恩知らずめ。いまこのとおり、わたしのおかげで助かっているくせに、役に立たないだの実がならないだのと、バカにして」

このプラタナスと同じように、人間でもまわりの人に親切にしてあげているのに、ありがたいと思ってもらえない人がいます。

おしまい

P.S.
プラタナスの気持ちがよくわかります。

The Dragons – BFI

業界では、「37年目の奇跡」と呼ばれているU.K.発、ソフト・サイケロックな話題作、『The Dragons – BFI』です。
レア・グルーヴ全開の’69年の音源。実に、37年ぶりのリリースです。
散在してしまったマスターテープ。その道では有名な、DJ Foodさんが、をあらゆる手を尽くして、ファクトリーを巡り(プロ根性フルスロットルです!)、ついに世紀をまたいで蘇ったというわけです。

レーベルは、NINJA TUNE。
COLDCUT主宰のU.K.老舗レーベルです。
もはやお家芸とも言えるブレイク・ビーツ、エレクトロ、クラブ・ジャズ、そして世界中のVJ達に影響を与えてきた映像部門など、クラブ・シーンには欠かせないアーティスト、マスターピースサウンドを世に送りだしている、こちらも話題のレーベル。
最近では、傘下のヒップホップ・レーベルBIG DADAが話題を呼んだり、オーガニックな感触のアーティストも増えるなど、多岐に渡るジャンルを飲み込む複合体レーベルとして今なお進化し続ける要注目レーベルです。

さて、ふたたび『The Dragons – BFI』。
70年代アメリカ西海岸出身のドラゴン・ブラザースがその母体。父親が指揮者、母親がオペラ歌手という音楽一家に生まれ、ザ・ビートルズ(The Beatles)、ジミ・ヘンドリックスさん(Jimi Hendrix)、ザ・ドアーズ(The Doors)に魅了され、後にザ・ビーチボーイズ(The Beach Boys)のバックバンドを勤めた経歴も持つふたり。
その後、サイケデリック / ロックの道を歩み出すものの、当時はレコード会社に見向きもされませんでした。

DJ Foodさん、ありがとう。
『The Dragons – BFI』におさめられている『Food for my Soul』。この楽曲がDJ Foodさんとドラゴン・ブラザースが出会うきっかけとなりました。
ドラゴン・ブラザースの弟のデニス・ドラゴンさん(Dennis Dragon)がプロデュースした、サーフ・フィルムのサウンドトラックとして使われていたのを、これも運命でしょうか、DJ Foodさんが耳にし、惚れ込んだのが事のはじまりです。

37年前はまったく相手にされず、マスターテープを放り投げてしまったデニス・ドラゴンさんですが、今の時代に残っていてよかった。
『The Dragons – BFI』のライナーノーツの中で、(自戒を込めて)自ら、こんな言葉で締めくくっています。

There’s a lesson here to be learned…
Don’t throw your old master tapes away!
Dennis Dragon, Spring 2007

日本的な美学からすれば、美しい引き際もそれはそれでいいのかもしれませんが、自分の才能をあきらめないことも「いつか、何かある!」、そんな語りかけてくれるエキサイティングなアルバムです。

P.S.
アルバムタイトルに添えられている「BFI」とは、Blue Forces Intelligence の頭文字からきているとか。デニス・ドラゴンさん曰く、「特に意味はない」とのことですが、全編を通して聴くと、ソフト・サイケ・ロックのMIX感覚と「BFI」に込められたメッセージが気持ちいいほど絶妙にシンクロしています。

Love At First Sting

他人を魅力的に感じたり、仲良くなる可能性があると判断するにはわずか0.5秒しかかからないという新たな研究結果が発表されました。

米フロリダ州立大学の心理学者ジョン・マナー氏の研究チームは、専門誌「Journal of Personality and Social Psychology」で、人々は興味をそそられる顔を見ると0.5秒以内に注意を集中し、仲間かライバルかを判断する傾向があると指摘しています。

研究では、大学生を対象に、非常に魅力的な人と平均的な人の写真を1秒間見た後、視線をほかの物に移すよう求めた、また、被験者の反応のタイミングを計ったところ、人々がある人物を魅力的かどうか判断するのには0.5秒しかかからないことが分かったとのこと。

魅力的な顔は、規定の1秒が過ぎた後でも0.5秒長く凝視されることも明らかに。

また、独身の人は異性に関心を持つ一方、決まった相手のいる人は、自分のパートナーの不貞を警戒し同姓に注意を向けたと…。

(c) REUTER, New York

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うすうす感づいていたけれども、こうしてデータとして数値化されると、砕け散った夢もなんだか味気ないものになってしまいますね。
しかし、いいなぁ。一目惚れ。
私もそんな0.5秒が欲しい!

Giorgio Morandi

もしも、生まれかわれるとしたら画家になりたい。
そして、もしも幸運にも自分のアトリエも持てるとしたならば、こんなアトリエが欲しい。

そう思わせる一冊。タイトル、『Atelier Morandi』。

イタリアのボローニャ出身の画家、ジョルジオ・モランディさん(Giorgio Morandi)のアトリエの風景を同じくイタリアの写真家ルイジ・ギリさん(Luigi Ghirri)が撮影したものです。
モランディさんという画家は、「瓶と椀」をモチーフにした静物画をひらすらを描き続けた、ある意味「偏執狂的な」作家さんです。
アートという名を借りたコマーシャリズム、あるいは時流とのシンクロ・時代性といったものから一定の距離を置き、独自の姿勢をつらぬいたひとりの画家の(命をかけた)ライフスタイルが映し出されています。
サイレントで、ミニマルでありながらも、使い込まれた画材は、たとえそれが静物画であっても、そこにに生命が宿る孤独な画家の奥義を垣間みるようです。

ひそかなロングセラー、『Atelier Morandi』。
ソフトカバー、カラー図版、イタリア語・フランス語。Palomar Editore刊。

Tree, Pulp, Product

「いつでも愛はどちらかの方が深く、切ない。」

これは岡本太郎さんが生前に残した言葉ですが、どんなに深い関係にある男と女(もちろん、好意的な意味で、ホモセクシュアル、バイセクシュアルな方々もこれに含まれると思いますが…)であっても、虚をつかれるというか、ハッとさせられる名言です。

この言葉を受けてかどうか真実のほどは闇の中ですが、太郎さんのパートナーであり、養女であり、実質的な妻であった岡本敏子さんも次のような言葉を残しています。

「どんなに仲のいい二人でも、必ずどちらかが満たされぬ思いを持っている。一緒であるってことはあり得ない。」

エコロジーやロハスといった言葉があまりにイージーに扱われ、マーケットに流通するさまざまなプロダクトの枕詞ならまだしも、コンセプトの核として使われている様(さま)を見ていると、なんだか虚しい気分になってきます。
まるで、空っぽの水瓶。あるいは、干上がった畑。
ツカレマス。

ここで再び岡本太郎さんと岡本敏子さんの言葉に戻ると、「自然」と「消費文化」の関係も、ふたりの発言、「どちらかが満たされぬ思い」「一緒であることなどあり得ない」というところに落ち着くような気がします。

『STOP』という一冊の写真集があります。
自然に生息する木の写真から始まり、それが伐採され、砕かれて紙になるまでの視覚的なドキュメント。現在の消費社会が紙にどれだけ依存し、そのためにどれだけ自然破壊が行われているかを提示しつつ、この本自体もその自然を破壊しつつある消費社会の一端であることを間逃れることができない、矛盾する存在。
モノクロームの写真、それらは、あまりにも「切ない」関係をわたしたちに提示しています。

加えて、この写真集に与えられた『STOP』タイトルは、矛盾する社会に対する強い憤りともとれるし、あきらめの境地という意味での諦念のようにも受け取れます。

i : Tree
ii : Pulp
iii : Product

作家さんが章立てした三つの章。この構成にしたがっても、もちろん、作品の意図は十分に伝わってきますが、面白いのは、最後の章から逆にページをめくってゆくこと。
この単純な行為によって、より強度をともなったメッセージが立ち現れてきます。

たったひとりの作家の視点が、「地球にやさしい」という軽薄なコピーに「待った」をかけるモノクロームの啓示がそこにあります。