Victor Erice + Antonio Lopez Garcia

私のもっとも尊敬する映画監督:
ヴィクトル・エリセさん(Victor Erice)

私のもっとも尊敬する画家:
アントニオ・ロペス=ガルシアさん(Antonio Lopez Garcia)

もっとも尊敬する映画監督さんが、もっとも尊敬する画家さんの創作活動をドキュメンタリーとしてとらえた作品『マルメロの陽光』(1992年)は、10余年の時を経てもその輝きを増すばかりです。

あらすじ
画家は毎年同じ日にマルメロの木の前にキャンバスを据え、日々変化するその姿を写しとろうとするが、今年も絵は完成しない…。家族や友人とのやりとり、家の改修工事など日常の情景を取り込みながら、実在の画家のユニークな創作活動を追うドキュメンタリー。

アクションも、エンターテイメントも、起承転結もない映像です。淡々と。アントニオ・ロペス=ガルシアさんの永遠のモチーフ「マルメロ」とのダイアローグ。
「あ、まだ描いてる」
「お、ちょっと進んだじゃん」
「今更構図直すんか、、え、ぜんぶ消しちゃうの?」
「ああ、、、、季節変わっちゃったよ、、」
「実、収穫されちゃってる!(笑)」
そんな感じです。

DVD買うもよし、画集を買うもよし。
「リアリティって何?」
シンプルな問いですが、深い疑問です。哲学・宗教的な視点からのアプローチがごまんとあるなかで、『マルメロの陽光』はフィルムという手法を用いてひとつの答えを導き出しています。ユルい映像が印象度★★★★★

Julie London

「セクシー」という言葉をつくりだしたのは、かのマリリン・モンローさん(Marilyn Monroe)というのが定説ですが、同時代にマリリンさんとなにかと比較されたもうひとりの「セクシー」さんがいました。
女優として数々の映画に出演し、ジャズ・ヴォーカルとしても30本を超える名盤を残しました。彼女の名はジュリー・ロンドン(Julie London)。日本での知名度はいまひとつですが、当時のアメリカでは、「セクシー」さんの双璧でした。
なかでも、『Julie Is Her Name(邦題:彼女の名はジュリー)』はジュリーさんの代表作。同じタイトルでVOL.1とVOL.2がありますが、おすすめはVOL.1。一曲目の「クライ・ミー・ア・リヴァー(Cry Me a River)」がかかった瞬間、ゾクゾクッときます。
ダイアナ・クラールさん(Diana Krall)が同曲をカヴァーしたり、アーティストさんやDJさんが「夜のお供」ともいえそうなリラックス・トラックを選曲するUK / Azuliレーベルの人気コンピレーション盤『Late Night Tales』シリーズ(www.latenighttales.co.uk)にも取り上げられたりで、ここのところ再注目・要チェックのセクシー・ジュリーさんなのです。
さて、もうひとりの元祖セクシー、マリリンさん。もはや、語るまでもなく、20世紀アメリカの巨大なマス・メディアがつくりあげたセクシーな「女」の記号です。
1968年、アンディ・ウォーホルさん(Andy Warhol)は彼女の死亡のニュースが流れると即座に彼女を題材にすることを決め、有名なシルクスクリーンによる作品を次々と生み出していきました。
マリリンさんを始めとした、あまたある「記号」を題材に名作を世に問うていったアンディさん自身も、ポップ・アートという名の下に記号化されてしまったのは、なんとも皮肉なデキゴトです。
ジュリーさんも、マリリンさんも、そしてアンディさんもすでに天上の人ですが、そのイコンは世紀を超えて今も地上にある私たちに向けメッセージを送りつづけています。

Shihori Kanjiya

ちょっと地味な趣味ですが、私の朝の日課は、NHKさんの「連続テレビ小説」を観ることから始まります。庶民感覚がたまらなくジンとくるんですよね。
以前、数ヶ月間入院していた時期がありまして、ベッドの上での生活と重なるように、ちょうどオンエアーされていた『ちゅらさん』の状況設定とダブる部分があったりして、以来、先の「連続テレビ小説」のファンになりました。
『ちゅらさん』の出演をきっかけに、たくさんの若手俳優さんや芸人さんがその人気に火がついていったのも、みなさまもご承知のとおりですね。
国仲涼子さんをはじめ、小西真奈美さん、山田孝之さん、ゴリさん+川田広樹さん(ガレッジセール)、ベッキーさん等々、枚挙にいとまがありません。
また、平良とみさん、堺正章さん、田中好子さん、村田雄浩さん、余貴美子さん、菅野美穂さん、数え上げればきりがないほど、みなさんの見事な役者ぶりに多いに心躍らされました。脚本はもちろんのこと、新人さんからベテランさんまで、隙のないキャスティングはTVドラマのひとつのマイルストーンではないかと思います。
さて、10月1日にスタートする『ちりとてちん』のヒロインが先日発表されました。1864人の応募者から選ばれたのは、女優の貫地谷(かんじや)しほりさん。オーディションを受けたのは3度目だったとのこと。努力家さんなんですね。
将来、大物になるでしょう。きっと。
私が初めて貫地谷さんの存在を知ったのは、映画『スウィング・ガールズ』(www.swinggirls.jp)で。楽器未経験者がほとんどの女優さんたちが、撮影と並行しながら楽器をマスター・演奏していくという思い切ったキャスティング。その中で、貫地谷さんに与えられたのはトランペット。個別レッスンの先生からは「唇のかたちがトランペットに向いていない」と半ば引導を渡されたような中でやり通しました。やっぱり、努力家さんなんですね。スクリーンの中でもキャラが立ってました。

映画の公開後、こんなコメントを寄せています。
「この作品は自分にとって大きな作品です。
今までの自分の考え方を払拭したんですから。
私はこの作品で、やれば何でも出来るんだということを学びました。
どこかで、やっても報われないなら最初からやらない方がいいと思ってたんですよね。
大きな大きな勘違いでした。
トランペットなんて触った事もなければ吹いたことも全く無かったのに、あんな素敵な形で結果に残せた事が本当に嬉しいです。」

そんな貫地谷さんのモットーは「楽しく」。
努力家さんと「楽しく」の一言。
いいですね、この組み合わせ。

Jean-Luc Godard

ヌーヴェル・ヴァーグの旗手、ジャン・リュック・ゴダールさん(Jean-Luc Godard)の代表作『勝手にしやがれ(a boute de souffle)』のワンシーン。

「なぜ、ここへきたの、ミシェル?」
「君と寝たいからだ」
「そんなの理由にならないわ」
「君が好きだという意味だよ」
「何かやさしいことを言って」
「なんて?」
「知らないわ」
「そんなら俺も知らない・・・優しい言葉を見つけたよ」
「何?」
「君はきれいだから、一緒に寝たい」

私もこんな会話に憧れる。

Todd Hannigan

ジャック・ジョンソン(jack johnson)がまだ無名だった頃に制作したインディペンデント・ムービー『Thicker Than Water』のタイトル曲をうたっているシンガーソングライター、トッド・ハニガン(todd hannigan)のアルバム『Volume 1』がようやく手に入りました。タワレコにもamazon.co.jpにも取り扱いがなかったので、amazon.comから購入しました(日本でもまだ手にしている人は少ないだろうなぁ…)。

彼自身が弾くギターは極めてシンプルな音作りに徹しているけれども、その一方でバックのアレンジはなかなかに工夫が凝らされており、ときにサイケデリックな雰囲気をも醸し出しています。抑揚をきかせたダウナーな声がそれらの音に重なり、彼独特のサウンドスケープを作り出しています。

自身のサイト(www.toddhannigan.com)を見ると、オーストラリア、インドネシア、エクアドル、アフリカなどの海岸線を旅しながら渡り歩いた経験をもっているとか。こういった多様な文化圏を横断してきたことはきっと彼の音作りに影響しているにちがいない。

聴く度に新しい発見があるアルバムというのは滅多にないけれども、そういう意味で『Volume 1』は希有な存在です。

日本でもっと積極的に紹介されてもいいアーティスト、そう思わせる一枚です。

Rosas Danst Rosas

いつも気になるヨーロッパの小国・ベルギー。フルーティーながら重量感があって、モルトの持つほのかな甘みが魅力のベルギービール。王室御用達のチョコレート・GODIVA。世界中でいまもなお愛されつづけるオードリー・ヘップバーン。これこそ元祖、ブリュッセルの小便小僧。
ベルギーにまつわるお話しは枚挙にいとまがありませんが、とりわけ注目しているのが、コンテンポラリー・ダンス・カンパニー、「ローザス」。出会いは都内某所の単館系映画館で同カンパニーのドキュメンタリー・フィルム『ローザス・ダンス・ローザス(Rosas danst Rosas)』を観た時から。およそ10年ほど前にさかのぼるでしょうか。数年後にビデオ化(いまは懐かしいVHSです)されたときには即購入。あらためてDVD化された際にももちろん購入。それほどアツくなっていました。
振付師のアンヌ・テレサ・ドゥ・ケースマイケルがどれほどスゴイ人なのか、監督のティエリー・ドゥ・メイがいかにすぐれた映像感覚をもった人物なのか、予習なしの真っ白な状況で観たそのフィルムは、間違いなくワタクシ的映画ランキングのベスト3に入ります(アートドキュメンタリーフィルムとしてはナンバーワンかもしれません)。
ダンサーのうごきは人間の動作の中でも極めてシンプルで日常的な要素から構成されています。横になること、立つこと、座ること、歩くこと。この4つだけです。これに女性の何気ない仕草(ダンサーは全員女性です)、髪をすく手、肩からするりと落ちるTシャツなどが加わり、音楽と共鳴しながら単純なうごきのパターンとして反復されてゆきます。でも飽きさせないんです。カメラのアングル、自然光をまとった女性のやわらかなシルエット、ダンサーの瞬間のうごき、撮影の舞台となった学校建築、ストイックな現代音楽。ダンス・パフォーマンスに対する新しいエクリチュールの誕生といってもさしつかえないでしょう。
建築の本や雑誌を眺めていると、ときどき「ゲニウス・ロキ」という言葉に出会います。意訳すれば「土地を読み解く鍵」「土地に結びついた連想性」「土地が持つ可能性」といったことになるのでしょうが、アートやデザインにもひろく「ゲニウス・ロキ」を見て取ることができると思います。「ローザス」を生み出した土壌であるベルギー、興味津々です。