Joni Mitchell

出ました!
夭折のシンガーソングライター、デヴィット・ブルーさん(David Blue)の元恋人、ジョニ・ミッチェルさん(Joni Mitchell)のトリビュート・アルバム。
参加アーティストの顔ぶれがものすごいことになってます。名前を聞くだけでゾクゾクします。

スフィアン・スティーヴンスさん(Sufjan Stevens)
ビョークさん(Bjork)
カエターノ・ヴェローゾさん(Caetano Veloso)
ブラッド・メルドーさん(Brad Mehldau)
カサンドラ・ウィルソンさん(Cassandra Wilson)
プリンスさん(Prince)
サラ・マクラクランさん(Sarah McLachlan)
アニー・レノックスさん(Annie Lennox)
エミルー・ハリスさん(Emmylou Harris)
エルヴィス・コステロさん(Elvis Costello)
k.d.ラングさん(k. d. lang)
ジェイムス・テイラーさん(James Taylor)

レーベルは、ポップ・ミュージックの良心、ノンサッチ・レコーズ(Nonesuch records)。
まったくスキのないアルバムです。

P.S.
プリンスさんを少々あなどってましたが、もしかしたら、参加アーティスト中、一番かも。

David Blue

今日はしんみりと。
たった40年の短い人生で、残したアルバムは3枚。夭折のシンガーソングライター、デヴィッド・ブルーさん(David Blue)。デヴィッド・ブルーというのは本名ではなく、綺麗な青い眼をしていたことからつけられたステージ・ネームです。戸籍上の名前は、スチュアート・デヴィッド・コーエン。
さまざまな事情があって、あまり幸福な幼少時代を送ることができなかった彼は、早くから生まれ故郷を離れ、行き着いた先が、ニューヨークのグリニッチ・ヴィレッジ。
60年代初頭のグリニッチ・ヴィレッジといえば、フォーク・ムーヴメントが華開いていた場所。マクドゥーガル・ストリートにあった有名なフォーク・クラブ、ガスライト・カフェで職を得るが、しかし、シンガーとしてではなく皿洗い。下積みという言葉を絵に描いたような生活ぶりが思い浮かびます。
それでも、ガスライト・カフェの常連であったフィル・オクスさん(Phil Ochs)、エリック・アンダーソンさん(Eric Andersen)、さらには、ジョニ・ミッチェルさん(Joni Mitchell)、ボブ・ディランさん(Bob Dylan)等、当時すでにビッグ・ネームの仲間入りを果たしていたアーティストたちと徐々に親交を深め、ステージ・デビューのきっかけをつかむことになります。
とりわけ、ボブ・ディランさんからは強烈な影響を受け、髪型から服装、そして歌い方まで彼の姿を追いかけていたようです。くぐもったヴォーカル、無頼の徒を思わせるザラついた歌声がその事実を如実にあらわしています。
もうひとり、デヴィッド・ブルーさんに大きな影響を与えたひとりの女性がいます。ジョニ・ミッチェルさんです。彼女の最高傑作のひとつといわれているアルバム『ブルー』は、まさにグリニッチ時代の恋人、デヴィッド・ブルーさんに向けたデディケイティッド・ソングだったのです。
シンガーソングライターの魅力は、他の誰にも置き換えることのできない自分自身を歌い上げることなのだと思います。時にはそれは、赤裸々な告白になったり、デカダンスな様相を呈示してくることもあります。がしかし、それも作者自身なのです。ボブ・ディランさんとジョニ・ミッチェルさんというふたりの影を追いかけながら、ときには、その呪縛から逃れようとする相反する心の葛藤。いかにも人間くさい私小説のような世界がデヴィッド・ブルーさんの作品から聞こえてきます。
アンソニー・ハドソンさん(Anthony Hudson)によって描かれたモジリアニの絵画を思わせるジャケットのアートワーク。デヴィッド・ブルーさんは、誰にも置き換えることのできない、素晴らしい自画像を描き出したのです。
『ストーリーズ』。私にとって特別な一枚です。

Sebastien Tellier

いわずと知れたAirの主宰するレーベル、フランスのRECORD MAKERSに所属し、ソフィア・コッポラさん監督作『ロスト・イン・トランスレーション(Lost In Translation)』のサントラへの参加で注目されたパリの奇才、セバスチャン・テリエさん(Sebastien Tellier)。
いま最も影響力のあるといわれているジャイルス・ピーターソンさん(Gilles Peterson)や最先端で活動を続けるフランソワ・Kさん(Francois K.)など大御所DJも魅了した#2「LA RITOURNELLE」は、数多くのコンピに収録され、ダンス・サイドからも高く評価されている名曲です。
ピアノとヴォーカルで聴かせるストイックかつストレートな楽曲は、独自の美意識をヒシヒシと感じさせる内省音楽といった趣き。
不意に心の隙間に入り込んでくるようなメロウネスに浸ってしまう、美しくもはかないアルバムです。オススメ。
★ ★ ★ ★ ★

Joe Colombo

これは言ってはいけないことかもしれませんが、「夭折(ようせつ)」という言葉にはどこか魅惑的な響きがあり、ひとを語る上での形容詞として、何か特権的な匂いを感じるのは私だけでしょうか。美術であれ、文学であれ、音楽であれ、時代を疾走した痕跡が完璧なほどに「美」を極めていたとしたら、この言葉は、寄る辺なさと背中合わせの自由、あるいは、期待のときめきとともに不安なおののきをともなった、嵐の先触れめいた不穏な予感を与えます。しかも強烈に…。

ドイツの文芸評論家、ウォルター・ベンヤミンさん(Walter Benjamin)。彼が偏愛した画家パウル・クレーさん(Paul Klee)の絵画「新しい天使」に言及して、自身の著書の中でこう書き綴っています。

「新しい天使」と題されたクレーの絵がある。そこで描かれている天使は、何かから遠ざかろうとしているように見えるが、天使はその何かをじっと見つめている。彼の眼は見開かれ、口は開き、翼は拡げられている。歴史の天使はこんな姿をしているにちがいない。彼は顔を過去へと向けている。われわれには事件の連鎖が見えるところに、彼は破局のみを見る。破局は絶え間なく瓦礫を積み重ねていき、瓦礫は彼の足下にまで飛んでくる。彼はそこに留まり、死者たちを目覚めさせ、粉々に破壊されたものを寄せ集めて組み立てたいのだが、楽園から強風が吹いてきて彼の翼をふくらませ、その風があまりにも強いので、彼はもう翼を閉じることができない。この強風によって、天使は抗うこともできずに、彼が背を向けている未来へと運ばれる。その間にも、彼の目の前の瓦礫の山は天に届くばかりに堆くなっていく。われわれが進歩と呼ぶのはこの強風のことである。

1971年、41歳の若さでこの世を去った夭折のデザイナー、ジョエ・コロンボさん(Joe Colombo)。彼の人生こそ、「新しい天使」にも似て、エフェメラルであることを宿命づけられていたというのは言い過ぎでしょうか。あまりにも短命。あまりにも多作。コロンボさんは、きっと「強風」によって「未来」に運ばれた人なのでしょう。

Ralph McTell

ブリティッシュ・フォークの至宝、ラルフ・マクテルさん(Ralph McTell)。日本ではあまり馴染みがないかもしれません。国内での流通量も少なめですが、機会があれば是非一聴していただきたいシンガーソングライターのひとりです。オススメのアルバムは、『not till tomorrow』。全曲を通じて流れる「サビシサ」加減が絶妙です。ひとりでいることの孤独といとおしさが日本人の感性にマッチすると思います。

以下、鈴木惣一郎さんのコメントより。
イギリスのフォーク音楽の中で、いつも、バート・ヤンシュの影に隠れてる。正しい身の隠しかたを知る、稀な人と思う。「見る人間は見られる」という。見ない人間も、その異様さに関心を呼び、見てしまう。ならば、さり気なく見れば、人からさり気なくしか見返されない。その、さりげなさを知る孤高のモノローグ。絶品だ。

Susanna And The Magical Orchestra

このところ夜な夜な聴いているアルバムがあります。いくら眠剤が処方されているとはいえ、なかなか入眠できないのがこの病気のツライところ。
早く床に就きたいところですが、彼女の歌声が心地よい睡眠作用を引き出してくれるので、真夜中に、ひとり部屋で聴いている次第であります。
アルバムタイトルは、『リスト・オブ・ライツ・アンド・ブーイズ(list of lights and buoys)』。誰から勧められたわけでもなく、たまたまCDショップのジャズ・コーナーの片隅で見つけたのですが、スリーブに書かれていた『静謐なうた』というコピーと「ルーネ・グラモフォン(rune grammofon)」という私にとって信頼できるレーベルからリリースされていることが購入への動機づけとなりました。
アーティストは、「スザンナ・アンド・マジカル・オーケストラ(Susanna and the magical orchestra)」という新人です。アーティスト名に「オーケストラ」と入っていますが、実際には歌手スサンナ・ヴァルムルー(Susanna Wallumrod)とキーボード・プレイヤーのモッテン・グヴェニル(Morten Qvenlld)によるデュオです。アルバムの構成は、オリジナルが9曲、カヴァーが2曲。
優れたアルバムは、イントロダクションから人を惹き付けるものをもっていることが多いのですが、レナード・バーンスタイン(Leonard Bernstein)のカヴァー「フー・アム・アイ(Who am I)」で始まるこのアルバムも例外ではありません。彼らの非常にパーソナルな解釈で再構成されたこのカヴァー曲は、スサンナのアーティストとしての実力を示すにはあまりあるほどです。センシティブな低い歌声は、部屋の冷たい空気の中で私の感覚に直に響いてきます。
つづくジョリー・パートン(Jolly Parton)のカヴァー「ジョリーン(jolene)」は陽気だった気分をいっぺんにメランコリックの極限まで追い込むかのような歌声で私の心に迫ってきます。彼女独特の歌声からひろがるサウンドスケープに私は完全に引き込まれてしまいました。デビュー間もないデュオですが、ビョークと比肩される日も遠くはないだろうと思います。
3曲目以降のオリジナル曲も印象深いつくりになっています。静謐であるだけでなく、幽玄で、壮絶で、耽美的で、寂寥感あふれる重心の低いヴォーカルが強烈です。
ちなみに、キーボード・プレイヤーのモッテン・グヴェニルは、同じくルーネ・グラモフォンからアルバムをリリースしている「イン・ザ・カントリー(in the country)」の活動に専念するために、『リスト・オブ・ライツ・アンド・ブーイズ』を最後にスサンナとの活動を解消するとのこと。ちょっと残念。ただ、「イン・ザ・カントリー」もアコースティックな音づくりで新鮮な印象を与えてくれているのでこれからも注目していきたいバンドです。

Miles Davis

今日の私のココロを表情にたとえたら、マイルス・デイヴィスのアルバム「TUTU」におさめられているポートレートそのままだ。

朝7時。

家族が朝食をとっているのはベッドのうえでもわかる。

母がパートに出かけるのもわかる。

昼食の音も聞こえてくる。

それでも、起き上がることができない。

トイレに行きたくても身動きが取れず、あいかわらずベッドの上に横たわったままだ。

ツライ。

やっとの思いでベッドから這い出たときには、14時をまわっていた。

遅い昼食の後、朝と昼のクスリを一緒に服用。

ダメだ。

適当な時間をおいて、頓服薬として処方されているロキソニンとレキソタンを飲んで、なんとかやり過ごした。

明後日は、退院後、二回目の外来での診察だ。

希死念慮が暗い地下水のように、よどんだ血として体内をゆっくり浸食しているけれど、あと二日。

なんとか持ちこたえよう。