Taichi Yamada

脚本家、山田太一さんの発言が各方面で話題になっていますね。

ことの発端は、『日経ビジネスAssocie(2008年2月19日号)』の誌上インタビュー。

薄々感じてはいたけれど、イタイ言葉が連なります。

– –

「あきらめるな」とはよく言います。だから誰でもあきらめさえしなければ夢がかなうような気がしてきますが、そんなことはあまりない。頑張れば何でもできると思うのは幻想だと僕は思う。成功した人にインタビューするからそうなるのであって、失敗者には誰もインタビューしないじゃないですか。

(中略)

僕は一握りの成功者が「頑張れば夢はかなう」と言うのは傲慢と思っています。多くの人が前向きのよき断念こそが必要ではないでしょうか。

– –

成功者にとって傲慢という指摘は、虚をつかれた言葉ですが、それ以上に、失敗者(筆者を含めて)にとって山田さんの言葉はかなりイタイです。

Gustav Mahler

たまには、いいでしょ?!

クラシックのジャケ買い。

グスタフ・マーラーさん(Gustav Mahler)、交響曲第五番。

レナード・バーンスタインさん(Leonard Bernstein)指揮、ニューヨーク・フィルハーモニック(New York Philharmonic)。

’63年録音の定番ですよね。

第一楽章の「葬送行進曲」は、タイトルから受ける印象とはほど遠い、温和な死のイマージュに毎回、耽溺しています。

Frida Kahlo

フリーダ・カーロさん(Frida Kahlo)。

20世紀前半、モダンアートと急進的な政治の前半において国際的なセンセーションを起こしたメキシコを代表する画家です。

フリーダ・カーロさんの人生は肉体の苦痛との闘いで、6歳の頃に小児麻痺のため右足が不自由になったうえ、17歳で、下校中にバス事故に遭い、脊椎、骨盤、右足の骨折という重症を負いました。

病床で絵を学び、彼女自身をテーマに描いた作品は、アンドレ・ブルトンさん(Andre Breton)らの絶賛を受け、シュールレアリスムにも大きな影響を与えました。

ディエゴ・リベラさん(Diego Rivera)との二度の結婚や、レオン・トロツキーさん(Leon Trotsky)やイサム・ノグチさんとの奔放な恋愛もまた直感的、情熱的なもので、彼女の人物像、作品へさらに強烈な印象を残しました。

激動の人生を送ったフリーダ・カーロさんのフィルム。

ディエゴ・リベラさんとの制作風景をはじめとする本人が映し出された貴重なアーカイヴ映像、教え子などの関係者や研究家のインタビュー、そして豊富な作品資料をもとに構成されています。

病床でも決して絵筆を捨てることのなかった彼女の劇的な47歳の生涯の足跡を辿るアート・ドキュメンタリーです。

East Berlin

先日、「全国ジャズ喫茶必需品」としてご紹介させていただいたロルフ・キューンさん(Rolf Kuhn)の幻の名作『SOLARIUS』の翌々年に録音された『East Berlin 1966』をもとに、東ヨーロッパにおけるジャズ事情について、もう少し深く掘り下げてみたいと思います。

すでにベルリンの壁が崩壊して20年近い時が経ちますが、この時代に生きた人々、とりわけ東ヨーロッパのミュージシャンにとって、この5年前の1961年につくられた壁は、自分たちの不自由をいまさらながら象徴するものだったにちがいありません。

この時代のヨーロッパのジャズは、冷戦時代であったにもかかわらず、意外にも東西の交流が行われていました。ジャズが虐げられた人々の音楽というイメージが作用したのかもしれませんが、資本主義の盟主アメリカの代表的な文化であったにも関わらず、東ヨーロッパでは寛容であったようです。

たとえば、この冷戦下に国際ジャズ連盟という世界組織がつくられ、その本部はウィーンにありました。ジャズ・ミュージシャンもたくさん訪問し、東西のミュージシャンの交流もさかんに行われていたと聞きます。

むろん、それだけで、共産主義体制の国々で、ジャズが盛んであったとは言えません。ロルフ・キューンさんの弟、ヨアヒム・キューンさん(Joachim Kuhn)の回想によれば、東ドイツで初めての公式なジャズ・クラブがポツダム市でオープンしたのが、この前年の1965年で、それまでミュージシャンは、ダンス音楽などを演奏しながら生きていたといいます。

たくさんのジャズ・ミュージシャンはいましたが、それだけで生活はできなかったのが実情のようです。どうしてもジャズをやりたかったキューン兄弟は、よりジャズが盛んなポーランドやチェコスロバキアに行くしか道はありませんでした。

そういった交流が東ヨーロッパにはあったのです。そして、その交流を通して、ジャズは東ヨーロッパの中で静かに沸騰し、ジャズ・ミュージシャンのレベルの高さを生み出していきました。

「鉄のカーテン」の向こう側、冷たい世界だからこそ、ジャズは人々の音楽の心を燃やしたのだと思います。

このような背景を振り返りながら、ロルフ・キューンさん達の音に耳を傾けると、「静かに沸騰」する高邁な精神性を少なからずたぐりよせることができるのではないかと思います。
(参考:『East Berlin 1966』ライナーノーツ)

LAPHROAIG

ハマってます。アイラモルト。

スコットランドにある小さな島、アイラ島で造られるウイスキー。島独特のピートや水などの影響で醸造される独特の深い味わいにやられっぱなしです。

「アートベッグ(ARDBEG)」や「ボウモア(BOWMORE)」あたりが割と入りやすい銘柄ですが、私は、あえて猛烈なスモーキーフレイバーとヨードの香りがたっぷりの「ラフロイグ(LAPHROAIG)」を愛飲しています(ほぼ毎日)。

短い夏の間にアイラ島の海辺で乾燥させ、海の香りが染み込んだピート香が絶品。
あまりに強い香り(臭い?)に挫折してしまう方も多いかと思いますが、実際に口にふくんでみると味わいそのものは意外とマイルド。
洗練された麦芽の風味が長く続きます。

ビールを飲みつつ「うまいんだなぁ、これが。」と言ったのは和久井映見さんですが、私もそれにならって、毎夜「ラフロイグ」でひとりつぶやいています。

野性味あふれる味わいですが、プリンス・オブ・ウェールズ御用達の称号を賜った名品でもあります。

これからの季節、ストレートのロックがオツ。

「ラフロイグ」、いいですよ。

Duke Pearson

このアルバム(1968年9月11日録音)、「できすぎ」です。

ジャケットのアートワークしかり、参加メンバーの構成しかり、もちろん、収録された楽曲も。

本作のリーダーは、デューク・ピアソンさん(p, Duke Pearson)。ピアソンさんのキャリアのなかでも後期の作品にあたる本アルバム『the phantom』は、個人名義のアルバムとしての金字塔であるだけでなく、ジャズ史のなかでも異彩を放っています。

ピアソンさんを指して、「ブルーノートの理性」と勝手に命名しているのですが、フルートやヴァイブ、コンガなどをフィーチャーした異色の編成にもかかわらず、奇をてらうことなく、知性と野生を両立させる腕前はさすがの一言。

なかでも、10分超の大作、タイトル曲の『the phantom』の太くて真っ黒な音にはシビれます。
中低音の効いたベースのリフを聴いていると、「気がつけば、彼岸の彼方」なんていう気分にさせられます。

計算されたいやらしさもなく、余裕しゃくしゃくで、それぞれのメンバーの情熱とエキゾチックな感性を引き出し、ほどよくブレンドさせる力量には敬服します。

ちなみに、初リリースから約35年の時を経て、再発された際のラーナーノーツのなかでも、「このアルバムは、どこを切っても、パーフェクトだ」と評されています(Scott Morrowさん)。

脳ミソがお疲れ気味の方。
『the phantom』は、ピアソンさんでしか配合できない濃度や有効成分を含んだ、効き目の高い処方剤です。

Mary Gauthier

カントリーの音。
ちょっと大雑把な言い方になりますが、日本人の耳からするとちょっと「キンキン」した印象があるのではないかと思います。かつて、私もそのなかのひとりでした。

そんな中で、ひとりの女性シンガーがバッサリと私の先入観を断ち切ってくれました。
エミルー・ハリスさん(Emmylou Harris)がそのひと。

なかでも彼女のキャリアにおいて分岐点となった『Wrecking Ball』(’95年リリース)はいまもって私の愛聴盤のひとつです。このアルバムは、彼女自身のマイルストーンにとどまらず、カントリーのフィールドをかつてないほどにひろげた画期的な楽曲集で、「オルタナティヴ・カントリー」というあたらしいジャンルを切り開いたという意味で、歴史的な遺産でもあると思います。

このような経緯があって、「オルタナティヴ・カントリー」の沃野を切り拓くべく、大手CDショップで試聴したりするのですが、エミルー・ハリスさんの存在が大きすぎて、なかなか買うところまではたどり着けない状況がつづいていました。

ちょっとじれったい気分になっていたところに、久々に来ました!
Mary Gauthierさん。
アルバムタイトル『Between Daylight and Dark』(写真)。

本国アメリカでは、ルシンダ・ウィリアムスさん(Lucinda Williams)、タウンズ・ヴァン・サントさん(Townes Van Zandt)、スティーヴ・アールさん(Steve Earle)といった面々と並び称されているようです。

あのヴァン・ダイク・パークスさん(Van Dyke Parks)が本アルバムにゲスト参加していることからもその実力のほどがうかがえます。

ダークなサウンドの中にも女性らしい強さを備えたヴォーカルがとても印象的です。
アメリカの光と影のようなリアリティーあふれる楽曲。

真夜中のインターステート・ハイウェイをひとりでドライヴしたくなる一枚です。

Platanus

昨秋の週末、渋谷公園通り。

ぶらり散歩してきました。

いまは青々としたプラタナスの街路樹は心地よい木陰をつくってくれていますが、秋の訪れとともに、つぎの春を待つ長い冬がくるんだろうなぁ…。
ふとそんなことを考えて、中でも大きな葉を一枚拝借して、「フロッタージュ」を楽しんでみました。

プラタナスって、イソップ童話にも登場しているんですね。

『旅人とプラタナス』。

夏の真昼に、かんかんてる日ざしで、すっかりつかれた二人の旅人が、一本のプラタナスを見つけてそのかげに逃げこみました。

しげった葉の下のすずしいところに、よこになってやすみながら、旅人たちはプラタナスの枝をゆびさして、
「プラタナスってやつは、実もならないし、人間の役にはちっともたたない木だな」
と、いいました。

すると、プラタナスの木はおこって、
「この恩知らずめ。いまこのとおり、わたしのおかげで助かっているくせに、役に立たないだの実がならないだのと、バカにして」

このプラタナスと同じように、人間でもまわりの人に親切にしてあげているのに、ありがたいと思ってもらえない人がいます。

おしまい

P.S.
プラタナスの気持ちがよくわかります。

Aki Kaurismaki

先日ご紹介したスペインの巨匠、ペドロ・アルモドバル監督(Pedro Almodovar)の三部作(『オール・アバウト・マイ・マザー』『トーク・トゥ・ハー』『ボルベール』)が「女性讃歌」とするならば、フィンランドの奇才、アキ・カウリスマキ監督(Aki Kaurismaki)のそれは、「敗者」の三部作(『浮き雲』『過去のない男』『街のあかり』)。

煙草、犬、不幸…。
カウリスマキ節炸裂の三部作は、もはや古典芸能の領域。作家のいとうせいこうさん曰く、「能」のようだと。

スクリーンの四方八方を、たんねんに絶望でぬりこめ、うすぐらい照明のもとでじわりと浮かび上がる原色の舞台セットと、焦点の定まらない役者の視線を毎回のことながら見せつけられ、その度に、「こんな男にはなりたくないなぁ」と思いながらも、なにかアカルい希望みたいなものを灯してくれる映像にずっと引き寄せられてきました。

そんなカウリスマキさんの作品に欠かせない重要な要素に「音楽」があります。
『過去のない男』でクレイジーケンバンドの歌が使われたように、カウリスマキさんの作品で流れる音楽は、骨太でロマンティックで、とにかくカッコイイ。演歌みたいな、歌謡曲みたいな、音源もSPみたいな、日本人には懐かしいサウンド(日本語で歌う「雪の降る街を」が流れたこともあり)で、フィンランド・タンゴのダルさ加減もグッドです。

映画を観るたびに「いいなぁ」と思っていたアキ・セレクトのサントラが、とうとう出ました。しかも2枚組!トータル140分超です。
人生の負けっぷりをするめのように味わえる、ダウナーなひとときを。

かつて、山口昌男さんの二大著書『敗者の精神史』『挫折の昭和史』に痛く感銘を受けた筆者でした。

Webster Lewis

黒い!とてつもなく黒いっ!
幻的な一枚、ウェブスター・ルイスさん(Webster Lewis)の『The club7 live tapes』。ノルウェー・オスロの名門クラブ、club7でのライヴ音源です(’71年録音)。
本国のみのリリースだったアルバムがやっと手に入りました(www.jazzaggression.com/webster)。
当時、このライヴを見た、とある精神科医の尽力によってリリースされた奇跡的な一枚。
マイルス・デイヴィスさん(Miles Davis)さんの革命的アルバム『Bitches Brew』が、エレクトリックな「黒」だとすれば、『The club7 live tapes』はゴスペルの「黒」。
どこまでも黒く、どこまでもカッコイイですっ!