Jin’ichi Uekusa

今、読んでいる本に面白いエッセーがあったのでそのまま転載しておこう。
タイトルは「ギュスタブ・エッフェルの逸話」。

エッフェル塔が美しいか醜いかという議論は、ほぼ20年ごとにむし返されるといい、このエピソードを集めた面白い記事が、サタデー・イブニング・ポスト誌8月11日・18日号にのった。
よく引用される笑い話だが、毎日かかさずエッフェル塔にあがり、その料理店で食事をすると、チップをはずんで降りていく金持の紳士がいるので、ある日ボーイが『毎度ありがとう存じますが、毎日おいでになるというのは』と口をすべらせたところ、『こいつを見ないで食事できる店は、ここにしかないからだ』といわれた。
おなじようなエッフェル塔ぎらいの有名人に、デューマ、ユイスマンス、ヴェルレーヌ、ランボー、マラルメがいたが、ひいき筋には、アポリネール、ユトリロ、デュフィのほか、コクトー、ルネ・クレールがいる。
こんな話からギュスタブ・エッフェルの一生へはいっていくが、ニューヨークの入口にある「自由の女神」の骨組設計も彼がやったのであって、死ぬまえに『エッフェル塔だけしか思い出してくれないのか』といったそうだが、ほかにもあまり知られていない話が、いくつも出てくる。

植草甚一スクラップブック『アンクルJの雑学百科』114p-115p、晶文社

Italo Calvino

戦後のイタリアを代表する作家、イタロ・カルヴィーノは私のお気に入りの作家のひとりである。
かつて私にとってマイナーな存在であった「イタリア文学」を身近なものにしてくれたのもまさに彼なのである。
いま読み進めているのは『パロマー』という作品。
パロマーは小説の中の主人公・語り手の名前でもある。
パロマー氏は「自分の大事な行動は事物を外から眺めることかもしれない」といつしか考えるようになった。
生活の中心をすべて「外から眺める」ことにすえた、徹頭徹尾、観察者として事物をとらえる一風変わった人物である。一体どうやって生計を立てているのか。
謎である。そんなパロマー氏の観察の対象はごくありふれた風景である。
浜辺であったり、家の中庭であったり、動物園であったり。章が進むにつれて、パロマー氏の思考は哲学的な深度を増してゆく。
それらは不毛な作業のように思われるが、様々な情報が忙しく目の前を通り過ぎてゆくだけの現代の状況に対するアンチテーゼのようでもある。
訳者である和田忠彦さんが解説でこう結んでいる。

『白紙(タブラ・ラサ)』のまま、目を凝らすこと、それがパロマー氏、そしてカルヴィーノが択んだ「世界を読む」方法なのだ。

Richard Misrach

世界でもっとも美しい人工物のひとつ、サンフランシスコのゴールデン・ゲート・ブリッジ。

不毛の地だったカリフォルニアとアリゾナの砂漠が文明化したことで環境が激変しているさまざまなシーンをクールかつ美しく被写体に収めた代表作『Desert Cantos』で、写真家としての不動の地位を確立したリチャード・ミズラックさん(Richard Misrach)の『Golden Gate』です。

季節や気候、あるいは時間によってさまざまな表情を見せるゴールデン・ゲート・ブリッジの定点観測。

風景と人工物とのバランス、そのすくいとり方が絶妙です。

ミズラックさんは、90年代後半、この撮影のためにサンフランシスコ湾が見渡せる北カリフォルニアのバークレーヒルズに移り住みました。

なんてステキなランドスケープだろう。

そして、なんてステキな住処だろう。

Michael Wesley

ちょっと遡りますが、2004年11月、MoMA(ニューヨーク近代美術館)の新館が完成、お披露目となりましたね。

ご存知の方も多いかと思いますが、設計は日本人建築家、谷口吉生さん。

1935年に開館したMoMAは、フィリップ・ジョンソンさん(Philip Johnson)が1964年に東翼、シーザー・ペリさん(Cesar Pelli)が84年にガーデン翼を手がけています。

97年に行なわれた建築家10人によるコンペを谷口吉生さんが見事に勝ち取り、足掛け7年のロングプロジェクトになりました。

その長い建築のプロセスを克明に記録したドイツ人写真家、マイケル・ウェズレーさん(Michael Wesley)。

2001年8月、ウェズレーさんはMoMAの大がかりな建築&改築プロジェクトの光景を映し出すための場所を選び、MoMAの内部と周辺の数箇所に特殊設計のカメラを設置。

約3年後 (3秒でもなく、3週間でもなく、3ヶ月でもなく、3年ものあいだ!)に露出を終えた写真は、偶然がなし得る美しさに満ち満ちており、空間の濃淡を微妙な網目として描き出しています。

最後の頁のセントラルパークに降り注ぐ光の矢は圧巻です。

作品集『Open Shutter』には写真部門のアソシエイトキュレーターであるサラ・ハーマンソン・マイスターさん(Sarah Hermanson Meister)が構成した図解も収録されており、ウェズレーさんの作品と見事にシンクロしています。

必見!

Frida Kahlo

フリーダ・カーロさん(Frida Kahlo)。

20世紀前半、モダンアートと急進的な政治の前半において国際的なセンセーションを起こしたメキシコを代表する画家です。

フリーダ・カーロさんの人生は肉体の苦痛との闘いで、6歳の頃に小児麻痺のため右足が不自由になったうえ、17歳で、下校中にバス事故に遭い、脊椎、骨盤、右足の骨折という重症を負いました。

病床で絵を学び、彼女自身をテーマに描いた作品は、アンドレ・ブルトンさん(Andre Breton)らの絶賛を受け、シュールレアリスムにも大きな影響を与えました。

ディエゴ・リベラさん(Diego Rivera)との二度の結婚や、レオン・トロツキーさん(Leon Trotsky)やイサム・ノグチさんとの奔放な恋愛もまた直感的、情熱的なもので、彼女の人物像、作品へさらに強烈な印象を残しました。

激動の人生を送ったフリーダ・カーロさんのフィルム。

ディエゴ・リベラさんとの制作風景をはじめとする本人が映し出された貴重なアーカイヴ映像、教え子などの関係者や研究家のインタビュー、そして豊富な作品資料をもとに構成されています。

病床でも決して絵筆を捨てることのなかった彼女の劇的な47歳の生涯の足跡を辿るアート・ドキュメンタリーです。

Taki Koji

多木浩二さん。

その才能は、あまたある日本の日本の思想家、批評家のなかで、ずば抜けているのではないかと思います。

硬質な文体でありながらも、対象に向けた流麗な視線は他と一線を画しているのではないでしょうか。

無名・著名、新人・ヴェテランまで、多木さんに批評の対象とされれば、作家としてまさに「本望」です。

難解な言葉や、意味不明な隠喩で読者をけむに巻く現代思想のなかで、「ストレート・フォト」ならぬ首尾一貫した「ストレート・哲学」は批評という領域において、極めて異質な(本来ならば、これが本質であってほしいと思いますが…)ポジションを獲得しています。

多木さんの代表作『写真論集成』から引用します。

– –

私がマン・レイの写真に興味を抱きはじめたのは、有名なレイヨグラフやソラリゼーションからではなかった。勿論、マン・レイを理解しようとすれば、これらを除いては考えられないし、そこにマン・レイの芸術の秘密がかくれているのも事実だろう。しかしそのレイヨグラフやソラリゼーションが現在もなお魅力をもちつづけているかといえばそうではない。技法としてみればそれはもはや陳腐である。ところが、マン・レイのいわばストレートな「写真」は、現在でも素直に新鮮なものとして受け取れる。この事実は前衛の美術と写真表現の差異を物語っているようで興味深い。
(中略)
ストレートな写真のなかで、数も多く、写真家としての才能を充分に発揮しているのは友人たちのポートレイトである。かれの仲間のダダイスト、シュルレアリストたちはいうまでもないが、ピカソ、ブラック、コクトーなど、当時のパリの芸術家たちの容貌が写真に残されることになった。これらの写真は、ためらいもなく明快で、さり気なく見える。
(中略)
マン・レイのポートレイトを写真史上で評価すれば、十九世紀のナダールと並ぶものと私は考えている。もちろんナダールの方は根っからの職業写真家だった。しかし同時代の生き生きとした芸術家の肖像を残したこと、たんなるポートレイトという以上の意味に達していたことはよく似ている。そのナダールに較べると、マン・レイの方がはるかに自在であり、想像力の自由さがあり、技巧的でもある。滑稽なまでの気取屋でふざけているように思われかねないダリは、本当は知性的な人間でもあった。マン・レイはそれを見逃してはいなかった。
(以下、略)

– –

多木さんの冷徹かつあたたかい眼差しの一端を読み取っていただければ幸いです。

NRK SESSIONS

今は亡き、オスロの伝説的クラブ、CLUB 7(1963 – 1985)。
ウェブスター・ルイスさん(Webster Lewis)のライヴ音源『Live in Norway』も記憶に新しいところですが、新たなる発掘音源が届きました!

『NRK SESSIONS – FROM THE CLUB 7 SCENE』。
(ちなみに、NRKとは、The Norwegian National Broadcasting Bureauのこと)

70年代初頭に、CLUB 7 に出入りしていたアーティストさんたちが残した即席ユニットでの録音がビッシリ!

中でも、ニューヨークからやってきたアール・ウィルソンさん(Earl Wilson)がリーダーとして参加し、ノルウェー・ジャズをリードしたThe Band No Nameのファンク・ナンバーはスゴすぎる。
捨て曲一切なしのソウル・アフロジャズの名コンピです。

「黒い」。
とにかく、「黒い」んです。
ジャケットのに並ぶ往年の名車とモダンな建築もナイス!

LISTEN!

Constantin Brancusi

今から遡ること25年。
20世紀の抽象彫刻に決定的な影響を与えたコンスタンティン・ブランクーシさん(Constantin Brancusi)の生前のアトリエ風景をまとめた写真集です。
没後25周年のアニバーサリー・イヤーである1982年にフランス・ポンピドゥーセンターから出版された書籍です。

有機的・抽象的彫刻作品を制作したブランクーシさんのアトリエ風景。
濃淡の美しいグラビア印刷で刷られた、ブランクーシさんの作品の持つ静謐(せいひつ)な雰囲気を捉えた構成が見事です。
ご本人さんのポートレートだけでなく、フェルナン・レジェさん(Fernand Leger)の姿も写っていたり、作品の制作過程が収められていたり、とても100年前の出来事とは思えないほど、精緻でダイナミックな空気がビシビシと伝わってきます。

アトリエ風景といえば、先日ご紹介したマン・レイさん(Man Ray)の写真集もなかなかですが、実は、このふたり、お互いを認め合う親友同士だったんですね。
彫刻家であるブランクーシさんが写真に熱中したり、写真家であるマン・レイさんが彫刻にのめり込んだり、異なる領域をクロスオーバーする当時のアーティストさんの相関図は非常に興味深い逸話です。

昨日ご紹介したリュシアン・エルヴェさん(Lucien Herve)もそうですが、パリのレジスタンス以降のモダニズムの現場、キュビズムから離陸し、太い輪郭線と単純なフォルム、明快な色彩から構成された作家さんの潮流にいま熱い視線を送っています。

Lucien Herve

かのル・コルビュジエさん(Le Corbusier )から「建築家の魂をもった写真家」と激賞されたリュシアン・エルヴェさん(Lucien Herve)の作品集『BUILDING IMAGES』からの一コマ。
コルビュジエさんの代表作、「ラ・トゥーレットの修道院」のワンカットです。

リュシアン・エルヴェさん。1910年ハンガリー生まれ(本名:Laszlo Elkan)。1929年にパリへ移住。
銀行員やオートクチュールのモデリストとして働いたのち、雑誌の記者兼カメラマンに。
戦前は労働組合や共産党で活発に活動し、戦時中は収容所に送られることにもなりますが、まんまと脱走に成功し、レジスタンスとしてパリへ戻り、解放の日を迎えましたのです。

このような経緯を経て、エルヴェさんの写真家としてのキャリアは戦後に始まることになります。
1949年のある日、ヴァンスのロザリオ礼拝堂の装飾をマティスさんに依頼したクチュリエ神父さんと出合い、神父さんの勧めでコルビュジエさんが建設中のマルセイユの集合住宅の工事現場を撮影することになりました。
たった1日で650カットを撮影し、その写真を見たコルビュジエさんの目にとまり、そこから二人の「蜜月」コラボレーションが始まったというわけです。

エルヴェさんの写真の特徴は、そのフレーミング。
それまでの建築写真は一般的に、「あおり」という写真の技法によってパースの歪みが補正できる大形カメラと広角レンズで出来るだけ建物の全体を捉えようとします。
一方で、エルヴェさんは、中型カメラでフットワークも軽く、建物の様々な箇所をクローズアップで部分的に抜き取る新しいスタイルを確立しました。

コルビュジエ建築の造形的な美しさを表現するだけでなく、空間全体にいきわたる「ぬくもり」までも伝えるエルヴェさん独特のフレーミングの技は必見です。

P.S.
エルヴェさんは、2007年6月26日永眠されました。『BUILDING IMAGES』を永代にわたり大切にしてゆきたいと思います。

zo’ loka?

アルゼンチン発、ヴォーカル+ピアノ+チェロの新鋭トリオ、zo’ loka?(ソー・ロカ?)。絶対に聴いたことのない斬新なアレンジによるスタンダード・カヴァー集、『yo nunca te vi』です。

ヴォーカルのビクトリア・ソタリスさん(Victoria Zotalis)の軽やかでリズミカルな歌声と、チェロのフアン・マヌエル・コスタさん(Juan Manuel Costa)の変則的で深いボトムラインに、マルセ ロ・カッツさん(Marcelo Katz)の絶妙なアレンジが絡み、アルバム全体になんとも不思議なハーモニーを生み出しています。

インディーズ・レーベルからのデビュー作にもかかわらず、アルゼンチンの「ローリングストーンズ誌」の最優秀ジャズ・アルバム、ベスト5に選ばれたというのもうなずける充実の内容です。

アルゼンチン音響派のパーカッショニスト、サンディアーゴ・バスケスさん(Santiago Vazques)も大推薦の一枚。

ヴォサノバの名曲「三月の水」も彼らの手にかかれば…。

P.S.
アルバムタイトルの『yo nunca te vi』を英訳すると、『I’ve never seen it』。これを音楽的な視点で置き換えると、『I’ve never heard it』、つまりは「聴いたこともない音楽」となるわけです。