Wilderness

いま一編の小説を読み終えようとしている。
60年代の新宿歌舞伎町を舞台に描かれたその小説は、その活き活きとした描写によって、作中の人物にもかかわらず彼らに同化してしまったかのような錯覚をおぼえる。
悲しい運命を背負った登場人物たちが、凍てついた世間に対して無言の抵抗を振りかざすかのように、己の力を漲らせている様に私は共感を憶えずにいられない。

『あゝ、荒野』と題されたその小説は寺山修司さんが初めて取り組んだ長編小説である。
もともと66年に初版が刊行されていたが、この度、森山大道さんの200枚を超える写真を伴ってめでたくPARCO出版より再版された次第である。
森山さんのレンズを通してとらえられた60年代の風景は寺山さんが戦っていた時代を見事に現代に蘇らせてくれた。そして、なにより60年代の時代の空気を私たちに追体験させてくれた。
「あとがき」の中で寺山さん本人が述べているように、この小説は緻密な計算のもとにプロットをあらかじめ設定したうえで書き綴ったのはなく、あたかもジャズのインプロヴィゼーションの手法を小説に取り込むがごとく、大雑把なストーリーだけを決めておいて、あとは即興描写によって書き進めていったという。
その効果は十二分に発揮され、読み手としても時速数百マイルのスピードで600ページを超えるボリュームを一気阿世に突き進むことができた。
そんな手法を使いながらも、寺山さん独特のメタファーやレトリック、ドラマツルギーもあいかわらず気が利いている。
小説は佳境に入っているが、寺山さんのインプロヴィゼーションはどんなかたちで終演を迎えるのだろう。


投稿日

カテゴリー:

, ,

投稿者:

タグ:

コメント

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です