Tree, Pulp, Product

「いつでも愛はどちらかの方が深く、切ない。」

これは岡本太郎さんが生前に残した言葉ですが、どんなに深い関係にある男と女(もちろん、好意的な意味で、ホモセクシュアル、バイセクシュアルな方々もこれに含まれると思いますが…)であっても、虚をつかれるというか、ハッとさせられる名言です。

この言葉を受けてかどうか真実のほどは闇の中ですが、太郎さんのパートナーであり、養女であり、実質的な妻であった岡本敏子さんも次のような言葉を残しています。

「どんなに仲のいい二人でも、必ずどちらかが満たされぬ思いを持っている。一緒であるってことはあり得ない。」

エコロジーやロハスといった言葉があまりにイージーに扱われ、マーケットに流通するさまざまなプロダクトの枕詞ならまだしも、コンセプトの核として使われている様(さま)を見ていると、なんだか虚しい気分になってきます。
まるで、空っぽの水瓶。あるいは、干上がった畑。
ツカレマス。

ここで再び岡本太郎さんと岡本敏子さんの言葉に戻ると、「自然」と「消費文化」の関係も、ふたりの発言、「どちらかが満たされぬ思い」「一緒であることなどあり得ない」というところに落ち着くような気がします。

『STOP』という一冊の写真集があります。
自然に生息する木の写真から始まり、それが伐採され、砕かれて紙になるまでの視覚的なドキュメント。現在の消費社会が紙にどれだけ依存し、そのためにどれだけ自然破壊が行われているかを提示しつつ、この本自体もその自然を破壊しつつある消費社会の一端であることを間逃れることができない、矛盾する存在。
モノクロームの写真、それらは、あまりにも「切ない」関係をわたしたちに提示しています。

加えて、この写真集に与えられた『STOP』タイトルは、矛盾する社会に対する強い憤りともとれるし、あきらめの境地という意味での諦念のようにも受け取れます。

i : Tree
ii : Pulp
iii : Product

作家さんが章立てした三つの章。この構成にしたがっても、もちろん、作品の意図は十分に伝わってきますが、面白いのは、最後の章から逆にページをめくってゆくこと。
この単純な行為によって、より強度をともなったメッセージが立ち現れてきます。

たったひとりの作家の視点が、「地球にやさしい」という軽薄なコピーに「待った」をかけるモノクロームの啓示がそこにあります。


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